Loading…

3月終わり。

Posted by hirotoshi on 31.2010 Category: None   0 comments   0 trackback
3月も今日でおしまい。


去年の今頃はまだシリア。
絵入りリンゴプロジェクトが始動し始めたころです。



去年の10月にシリアより帰国。
活動中は帰国することなんて想像もつきませんでした。



大変なことはたくさんあったものの国際協力に参加するという当時の夢が叶い、
自分は一生ここにいるんじゃないか、と錯覚するほど充実した2年間でした。
それだけに帰国は嫌で嫌でたまりませんでした。
トランジットのドバイ空港でまたシリア行きの飛行機に乗ろうかと思ったほどです。


帰国し、青森行きの車中、
浅虫付近でしょうか、見なれた景色を見て初めて
あぁ、終わったんだな
と実感しました。


2年ぶりに見る青森。
まず自動改札になっていたことにビックリしまた。

町が変わったのか、
自分の記憶が薄れたのか。

久しぶりに見る青森はさびれていました。

その後たくさんの人に会い
1人でもゆっくり考え、出した今の進路。

これしかない、という感覚は前回協力隊に進もうと思ったときと似ています。

悔いはありません。
他の道は考えられないです。
今のところ。

しかし、

本当にこれでやっていけるのか

考えると店長に怒られる以上に胃が痛くなります。

仕事は最近慣れてきたせいか、
仕事の幅も広がり怒られる回数は減ってきました。

楽しいな、とも思えています。

でも大事なのは、自分の進路上での位置。

軸をしっかり持たなければその楽しさに流されてしまうでしょう。
毎日確認しないと忘れてしまいます。
そこは要注意。



明日はキッチンスタッフとしての初仕事です。

できるでしょうか。

久々の休み。

Posted by hirotoshi on 30.2010 Category: None   0 comments   0 trackback
寒いです。
東京。

桜はすでに咲いているようですが。

でも青森はもっと寒いんでしょうね。


またもや放置のこのブログ。

日付改ざんすらもはや面倒です。

こうなったらハードルを下げて書けるときに書くということで。


仕事大変なんです。

仕事が終わるのが23時過ぎ。
そのあと大抵店長の説教があるので帰宅の途につくのが0時。

最終電車で帰ることもあります。

最終電車でも満員ですよ。
東京の電車。

どこにこんなたくさんの人がいるんでしょう。


仕事も2週間を過ぎるとさすがに慣れ、仕事の幅も広がり、怒られる回数も減ってきました。


急ですが4月から半月ですがキッチンでも仕事をすることになりました。
とはいっても、下ごしらえ、盛り付け、炊飯だけらしいですが。


シェフが1人半月だけ抜けることになりその穴埋めです。

私が将来どのような目標をもっているのか
東京に何しに来たのか
なぜ農家の台所で働いているのか

店長には話しており、理解も示してくれています。

仕事終わりの説教も怒られるというより、目標を達成させるためにどうするべきか、
ということを説かれることの方が多いです。

キッチンの仕事も私が料理の勉強をするということを知ってまわしてくれたのだと思います。

申し訳ないくらいありがたい話です。

しかし、

「しごくから覚悟しろ」

とすでに宣言されています。

逃げたら青森まで追いかけてくるそうです。

恐ろしい話ですがここまで面倒みてもらえることに感謝しなければなりませんね。

スピード&クオリティー。

Posted by hirotoshi on 22.2010 Category: None   2 comments   0 trackback
私の職場

農家の台所

『農家の台所新宿3丁目店』

ぐるなびでアクセス数全国1位も獲得したことがあるそうです。

確かに平日でも毎日満席。

月の目標売上金額も2000万円だそうです。

確かに料理もおいしいし、
風変わりなことしてます。
しかしなにがそこまで人を引き付けるのかわかりません。

まあ、そんな簡単にわかったら誰でもやるでしょうけど。

それでけに仕事も半端なくきつい。

求められるのはスピード&クオリティー。

トロい私にとってついて行くのがやっとというか、ついていけてません。
それだけに怒られ方も半端じゃありません。

罵倒される日々。

情けない話、辞めようかと本気で考えました。
学生時代なら間違いなく登校拒否してるでしょう。

まあしかし、怒った後のフォローもうまく、なんとか辞めずに済んでます。

こんな状況に置かれると、
逆に辞めてなるものかと燃えるものもあり、
それがモチベーションにもなったりするのですが、
そこは要注意。

自分の目指す方向とずれがあるものなら辞めるという判断ももちろん必要です。

そこは自分の軸をしっかり確認し、冷静に判断しなけれないけません。

そのためにはもう少し自分の軸を明確にしたいものです。

結婚式。

Posted by hirotoshi on 21.2010 Category: None   2 comments   0 trackback
上京し、毎日書こうと思っていたこのブログ。
早くも三日坊主になりかけてました。

それはいかんと、日付を改ざんしつつも更新中。
なんとか追いつきました。

今日は先週に引き続き、高校の友人の結婚式がありました。

千葉で行われたのですが、風が強く電車が運行を見合わせたり、遅延したりと
青森からの出席者は参加できなくなった人もいました。

式はもちろんすばらしいものだったのですが、
私個人的には久しぶりに会う友人、そして津軽弁での会話がなんとも心地よく青森が恋しくなりました。

やはり東京生活は何かとストレスなんですね。

スウェーダとの出会い。

Posted by hirotoshi on 20.2010 Category: None   0 comments   0 trackback
勢いで昨日の続き。

日本の受け入れ先として大学が名乗りを挙げてくれましたが、続いて必要なのはシリア側の対象機関。
候補はたくさんあるのですが、スウェーダの農業試験場にしました。

生産量は多くないものの高品質果実が生産されることでシリアでは知られています。

スウェーダは私の絵入りリンゴプロジェクトの対象地域でもありました。
試験場とは仕事を一緒にしたというわけではないのですが、お付き合いはさせてもらっていました。

スウェーダとのつながりも非常に運命的です。

忘れもしません2008年夏。
ナシャビエ試験場でリンゴの袋かけの試験を行っており、果実を分析のため中央の試験場に持って行った時のこと。
分析方法が気に入らず、試験場の職員と喧嘩した暑い日。

果実を持って分析室を飛び出しました。

そんな時、
「ここならちゃんとやってくれるんじゃないの?」
ということでアイマンに紹介してもらったのがスウェーダ農業試験場。
ここは完ぺきでした。

分析法もそうですが驚いたのはシリア人らしからぬその手際の良さ。

それ以来講習会によんでいただいたりと、ちょくちょくお付き合いが始まりました。

その中でも付き合いが深いのがヨーセフ・シューフィー。
草の根のプロポーザル作成のために連絡を取り合っていおり、関心も示してくれています。
彼は英語も話せ、メールを送ってもすぐに返事を返してくれます。

草の根の対象機関をスウェーダにしたのも彼の存在が非常に大きいです。
実際、草の根技術協力が始まった場合、連絡を取りやすい状況を確保するというのも重要なわけで
英語を話せ、メールもすぐに返してくれる彼がいるスウェーダはうってつけなわけです。

ヨーセフとの最初の出会いもこれまた偶然です。

2008年秋。

農業隊員Kさんとスウェーダを旅してたときのこと。
Kさんの知り合いで自称カメラマンの謎のシリア人がスウェーダを案内してくれ
リンゴが見たいといったところ、スウェーダの農業試験場に連れて行ってくれました。

その時にいたのがヨーセフ。
休日なのに仕事をしていました。

まじめで堅そう

というのが最初の彼の印象です。

しかしその後何度も家に招待してくれ
リンゴについていろいろ語り合いました。

彼も一緒に仕事ができることをとても楽しみにしてくれています。

是非実現させたいです。
スウェーダ2


草の根技術協力。

Posted by hirotoshi on 19.2010 Category: None   0 comments   0 trackback
帰国して約5ヶ月。

昔ほどではないものの、シリアのことを考えない日はありません。
ネットをしていても無意識にシリアをキーワードに検索してしまいます。


いつかまたシリアで仕事をしたい。


そんな夢もささやかながら持っております。

それが早くも実現するかもしれません。


帰国直後、協力隊受験中にお世話になった青森県の元推進員の方にシリア人を青森に呼びたい旨を話しました。
雑談の中でですが。

するとなんだかJICAでそんな事業があるらしいとのこと。
そして呼ぶためには国内の受け入れ先(機関)が必要とのこと。


そして大学の先生に帰国報告に行き、その話をしてみました。
これも雑談の中ですが。

すると
「うちでよければ受け入れ先になるよ。」
となんとも軽い感じで言われました。


そして青森で行われたあるJICAイベントで帰国報告をさせていただいたときのこと。
JICA東北の職員にその話をしました。

すると
「JICA東北で草の根技術協力の案件を青森で探している。リンゴなら青森は素晴らしい技術を持っているし、地域性も活かせるしおもしろいんじゃないの?」
とのこと。

徐々に現実味が帯びてきました。

そして2月。
JICA東北の草の根技術協力担当職員、大学の先生、青森県国際協力推進員、私でミーティングを行いました。

私としては先生の返事が軽かったことや、
話を進めるとなると煩雑な仕事が増えるだろうことから、
断られるだろうな、と思っていたのですが、
大学としてもこれから国際協力分野に幅を広げたいとかで意外と前向きでした。

そしてなんと先生も青年海外協力隊を受験し合格していたことが発覚。
同時期に大学の仕事が決まったので行かなかったそうですが。

そして現在。
プロポーザルを作成中。
私はシリア側の窓口としてお手伝いをしてます。


これからどういう風に形になっていくのか。

楽しみです。
絵入りリンゴカゴ

農業と。

Posted by hirotoshi on 18.2010 Category: None   0 comments   0 trackback
先週実家に帰った時のこと。

机の上に一枚の新聞の切り抜きがありました。
『銀行マンから転身し農業分野に参入、企業の経営感覚を取り入れた事業展開で急成長している「ナチュラルアート」代表取締役の鈴木誠』
青森高校出身だそうです。

親も一応私のしたいことを理解してくれてるんですね。

その店が東京にあるというので行ってきました。

こちら。
DSCF0174.jpg

場所は東京都千代田区一番町。
近くには日本テレビやら、政治家が住んでいるような豪邸が建ち並んでいます。

行った時間が14時と少し遅かったせいか人はまばらでした。
私の職場はまだ人がいっぱいなんですがね。

基本的なコンセプトは農家の台所と同じで、
契約した農家からの農産物を使った料理を提供しています。
また、脇ではその野菜やら加工品やらが販売されていました。

企業全体としては成功しているそうですが、
レストラン自体は農家の台所の方が全然繁盛していますね。

そして夜、もう一軒。
images.jpg

六本木に『六本木農園』というこれまた同じようなレストランがあります。
ここもまた縁あって紹介してもらい、
レストランのスタッフとも仲良くさせてもらっています。

そしてここのオーナーがまたすごい人らしく、
今日はお話させていただくことができました。

オーナーはいろんなことを手掛ける方で、
企業・自治体ブランドコンサルティング、イベントプロデュース、フリーペーパー企画等なんでもするそうです。

国立ファーム、ナチュラルアートは農業に特化した会社で、
ビジネスとして成立させることで農業活性化に取り組んでいますが、
六本木農園は少し違います。
もちろん共通するところもありますが。

六本木農園のオーナー、古田秘馬さんというのですが、
六本木農園に限らず、他の仕事でも大事なのは職種を越えた横の繋がりなんだそうです。

医食同源という言葉が示すように食と医療は密接な関わりがあり、
また今日では食育という言葉があるように食と教育も関わりがある。
当然食糧を供給する農業だって食と大きな関わりがある。

地域の中でどうのようにお互い関わり循環させていくか。
ここがとても大事だとおっしゃっていました。

ささやかではありますが今まで生産現場にしか関わってこなかった私にとって
生産こそが農業でした。

しかし、ここにきて様々な農業との関わり方があるんだと感じています。

現在までの道のり。

Posted by hirotoshi on 17.2010 Category: None   0 comments   0 trackback
『この国の発展に貢献したい。』

いろいろな職種がありますが、協力隊に参加する人が持つ基本的な思いではないでしょうか。

私も節水灌漑農業技術普及やリンゴ栽培技術指導をシリアで行いましたが、
『シリアの農業を良くしたい』
というのが私の活動の軸でした。


帰国後、一番驚いたのが青森のすたれっぷり。

青森駅をでるとそこはシャッターが下りた新町商店街。
人もまばらです。
2年前もそうだったのでしょうが、
2年ぶりに見るその姿は「こんなにすたれてたかな?」と思うほどでした。
シリアとそんなに変わりません。
というかシリアの方が活気があります。間違いなく。

帰国直前は次の進路として、コンサルタント会社に就職したり、
大学で農業を学びなおして
また海外で農業指導をしたい、と思っていました。

しかし、そんなこと言ってられません。
青森をなんとかしたい、という気持ちがふつふつとわき、
いつの間にか次の進路を考える私の軸となっていました。

協力隊に参加する前はそんなこと考えたこともありませんでした。

また、これがシリアのような中進国だったこともあるでしょう。
もしも私の派遣先が農業もまともに成り立っていないような国だったら、また絶対に海外に目が向いていたはずです。


じゃあ何をするか。

やはり今まで農業に関わってきたし、農業が好きだし、農業に携わる仕事をしたい。
大学の先生に相談したり、農家の話を聞きに行ったりしました。

しかし皆口をそろえて言うのは
「農業は大変だ。」

とにかく儲からないそうです。
農家の高齢化、後継者不足等よく問題になりますが、
私が話を聞いたある農家は
「息子が跡を継ぎたいと言っても継がせられない。」
と言っておりました。

息子が入ると外からの収入が断たれ、さらに息子にも賃金を払わなければいけなくなるので
経営どころか生活が成り立たなくなってしまうそうです。

これは衝撃的でした。
そこまで農家が大変なのかと。

農家はいいもの作っているんです。
それでも収入が得られない。

問題は生産現場ではなく、その真逆である消費、販売現場にあるのでは、と思うようになりました。

そんな時
偶然見た東北ローカルのテレビ番組『ひるまにあん』。
『国立ファーム』が特集されていました。
ちなみに私の現在の職場はこの国立ファームのグループ会社、『農家の台所』です。
国立ファームは簡単に言ってしまえば農産物の生産から流通・販売まで行う会社。
これなら他にもありそうですが、良し悪しは別として販売方法が非常に個性的で、
ここに就職して販売技術を学びたい、と考えるようになりました。

国立ファームの就職試験の一つ、小論文。
テーマは『国立ファームで実現させたいこと、できること』
資料をかき集め、頑張って書きました。

しかしその資料で引っかかったのが『少ない日本人の青果物消費量及びその低下』
日本人の青果物の消費量って世界的に見ても少ないようで、かつ消費量がさらに減ってるんだそうです。

そうなると今度は食に興味が移り、
最終的には販売技術、料理を学び、消費、特に食から農業に関わりたい、という結論に達し
現在に至るわけです。


そんな仕事ですが、今日も皿洗い。
でもいろいろ奥が深いんです。

そして今日も怒らまくりました。

シリアの青い空が懐かしい・・・ 
青空

ちょっと都会人。

Posted by hirotoshi on 16.2010 Category: None   0 comments   0 trackback
SUICAを買いました。

改札機にかざすだけで電車に乗れるカード。
1時間に数本しか電車が来ない青森ではまず使いませんけど。

一発目は本当にこれで通れるのかドキドキしました。


通れました。

感動です。

これだけで都会人気分。


さて、話はガラッと変わり協力隊の活動について。

協力隊に参加しなければ今の進路は絶対に選択していなかったはずです。
100%そう言い切れます。

シリアで得たことってざっくり言ってしまえば
・経済、特に農業分野での重要性の気づき
・何かを変えたいという気持ちの芽生え
・でもそれって結構難しい
・しかし自分の身近ならかえられるんじゃないか、という希望
等でしょうか。

まだまだたくさんあるはずですし、これからも折に触れて感じるだろうと思います。

ここを振り返ってみるのも東京生活を無駄にしないためにも必要でしょう。

皿洗いと農業。

Posted by hirotoshi on 15.2010 Category: None   2 comments   0 trackback
初出勤。

結婚式に出席し、乗り込んだ夜行バス「パンダ号」。
青森と東京を結ぶバスはいくつかありますが、このパンダ号が格段に安い。
片道なんと5000円。
しかし、それと引き換えに乗り心地は最悪。

普通夜行バスというと3列のゆったりしたもので、もちろん青森―東京間にもありますが、
パンダ号は4列で人がぎっちり詰まったバス。

なかなか寝ることができません。
いや、そんなこともないですが、ちょうど眠りかけたころに来るのが3回のトイレ休憩。
あれで目が覚めてしまいます。
ありがたいんだか迷惑なんだかわかりません。


そんな状況での初出勤。

疲れと緊張で地獄でした。

私の新しい職場はとある農業法人のレストラン。

私はこの農業法人の取り組みを学ぶため、
また、農業を生産と真逆の現場である販売、食を経験するため、この職場を選びました。

しばらくの仕事は皿洗い。

「はぁ?」と思われるかも知れませんね。


しかし、私は納得しています。

今日はとにかく効率よく洗え、と何度も怒られました。


私は、ここの農業法人、レストランの取り組みを経験したい、ということで応募し、面接でも話しました。
その時、面接官である店長が言った言葉
「志は立派だ。しかしうちはあくまでも飲食店であり、基本的なサービスを怠ってはいけない。でなければ、せっかくの気持ちもお客さんに伝わらないし、逆に煩わしく感じられるかもしれない。」

その時私はすごく恥ずかしくなったと同時に、新しいことを知ることができた喜びを感じました。
そのことを知らなければ、農業と食を結び付けるレストランといういかにも響きのよい言葉にとらわれ、傲慢になっていたかも知れません。

また、基本的なサービスをきちんと行い、お客さんに楽しんでもらい帰ってもらう、という当たり前かも知れませんが、その姿勢に直に消費者と接し販売する者としての哲学を感じました。
大げさかもしれませんが、その姿勢はそれが農産物であろうが変わらないと思うのです。

いくら手をかけ、自信を持って作ったものでもそれが消費者の満足を満たさなければ買ってもらうことなんてできません。

異業種でも学べることってたくさんあると思います。

どうでしょう。

私は影響されやすい方なので、
もしも、

「あれ?」

と思ったら指摘していただけるとありがたいです。

ただいま青森。

Posted by hirotoshi on 14.2010 Category: None   0 comments   0 trackback
帰ってきました。
青森。

4日ぶり。

やっぱり寒いですね。
青森。
雪は少ないですけど。

弘前で大学の研究室の後輩の結婚式がありました。

彼は大学を卒業後、実家のりんご農家を継ぎました。
これから奥さんと一緒にりんごを作っていくそうです。

結婚式には同じ研究室の後輩も出席してました。


その中の一人にJAに就職し、青森のりんごを担当している子がいます。

彼に青森の農家の実情を聞いてみました。

やはり大変だそうです。

じゃあ何が原因なのか、ということを聞いたとき、
その答えが面白かった。

いや、面白かったというか
私が考えていることととても近く、共感することがすごく多かった。

なかなか過激な内容で書けませんが。

また彼も販促をもっとしなければいけないと考えてるようで
そのアイデアも面白かったです。


そして以前私の協力隊での活動を地元の新聞に掲載していただいたのですが、
それを読んでくれた人がいたようで、

「新聞読んだよ。」

と声をかけてくれた人もいました。


その新聞、地元の地方紙ですが
私の方から
「機会があれば取り上げてほしい。」
間接的にではありますがお願いしていました。


青森の人に大好きなシリアのことを伝えたい、
いや、自慢したいという方が正確でしょう、
そんな思いを強く持っており、
結果的に2紙で取り上げていただきました。


自分から載せてほしいと頼み込むことなんて恥ずかしいと思う自分もいたのですが
待ってては駄目だ、と最近切に思うのです。

このブログだって自分のこれからやりたいことを発信するためにまた始めました。


恥ずかしいとか、嫌だと思っていることやるためには結構なエネルギーが必要です。
私はすぐに逃げる方なので、基本的にそんなことはやりません。
それでも生きていけますから。
きっと。


しかし、それで今まで逃したチャンスはたくさんあったのではないかと、協力隊時代思いました。
協力隊なんて待っているだけだとあっという間に時間が過ぎますから。

もちろんチャンスだけじゃありません。
失敗したことだってたくさんあります。

やっぱりそんな時はつらい。

しかしそんな経験から生まれる喜び、悲しみ、怒りなど、
体の芯から生まれてくる、人が本来もっているであろうダイナミックな感情の変化。

周りから変だと思われようが、そんな中に身を委ね、生きて行きたいと思う今日この頃。

そう自分に言い聞かせないと、たぶん東京での生活は挫折してしまう気がします。

自分を戒めるためにも書いてみました。


最後の両親の言葉


「麻薬には気をつけろ。」

東京をどこだと思っているのでしょうか。

まあ、最近頻繁に芸能人が捕まっていますしわからないこともないですが。


さよなら、青森。

今度はしばらく帰りません。
DSCF0126.jpg

マルシェ・ジャポン。

Posted by hirotoshi on 13.2010 Category: None   2 comments   0 trackback

行ってきました。
マルシェ・ジャポン。

マルシェ・ジャポンとは・・・
『生産者の愛情やこだわりによって、日本の大地は美味しくて良いものを生み出してくれています。
そんな愛すべき野菜やフルーツ、お肉などを生産地から直接お届けし手渡しする。
食材を作る人も、それを料理して食べる人もみんながわくわくする空間、それがマルシェ・ジャポンです。』
(マルシェ・ジャポンHPより)

要は生産者が農産物を持ちより、販売する場、ということらしいです。
都会の産直所、といった感じでしょうか。

マルシェ・ジャポン。

なんでフランス語なんでしょうね。
響きのよさでしょうか。
なんでもかんでも外国語にするのはあまり好きではないのですが。

アラビア語だと
スーク・アルヤーバン。

土っぽい感じがしますね。
まあ、どうでもいいんですが。

農林水産省の大都市における農産物直売支援事業の一環のようで、予算もかなり付いたとか。

全国各地で開催されているらしいのですが、今日行ったのは六本木。
DSCF0136.jpg

アークヒルズ、アークカラヤン広場という高層ビルに囲まれた小さな広場です。

屋根で覆われ、薄暗い感じがシリアのスーク・ハミディーエを彷彿させます。

中はたくさんの人でごった返していました。
さすが大都市。

DSCF0141.jpg

中では野菜がフランスのマルシェっぽくディスプレイされ販売されています。
フランスに行ったことはありませんが、抱くイメージ通りです。

モスバーガーの出店していました。
DSCF0145.jpg

ハンバーガーの規格に合わないトマトだそうです。
DSCF0146.jpg

こだわって作ったものらしく、お客さんは熱心に説明するお姉さんの話しを真剣に聞いていました。

こちらも会社で出店。
DSCF0147.jpg

ふだんはレストランにしか出荷していないそうなのですが、今回は特別に、とのことです。

ここの会社は、産地や生産者とかいうよりも、野菜が持つ栄養特性を売りにしているそうで、
今回は『抗酸化力』でした。

抗酸化力を非破壊で測定できる装置を独自に開発したそうです。

抗酸化力とは、その素晴らしさなど切々と説明され、
さすがだな~と感心する半面、キャッチセールス的なものも感じてしまいました。

こちらも会社で出店。
DSCF0149.jpg

主に加工品を扱っているそうです。

青森のリンゴジュースもありました。
DSCF0152.jpg

1本800円。

直接購入すると、3本で1500円だそうですが。
輸送費等ありますしね。

りんごもありました。
DSCF0139.jpg

信州産ですが。

寒暖の差だとかなんとかで、特別おいしいらしいのですが、
試食したら酸味は全くなく、歯触りも鈍く、まずかったです。

外見もキズがあったり、色や形も悪く、質も良くありませんでした。
市場に出荷できないあまりもの、という印象を受けました。

これをおいしいというなら、りんごを知らないか、消費者をバカにしているのかどっちかでしょう。
青森のりんごの方が全然おいしいです。
青森をえこひいきしているわけではありません。
一消費者としての意見です。

このマルシェ・ジャポン、コンセプトとしては生産者が直接販売する、ということのようですが
今回はそのほとんどが企業で生産者は1割程度でした。

農家を募集したにも関わらず応募が少なく、主催者が業者に声をかけた、ということもあるらしいです。

あと、野菜が高いな~と思いました。

このような流通業者を介さない販売というのは流通コストが抑えられる分小売り価格が抑えられるのかな、と思っていたのですが。
流通業者を介したものと変わらない価格、ということであれば結構業者に買いたたかれている、ということになりますね。

う~ん、わかりません。

内容はともかく、消費者が関心をもち、来たいと思わせるこのようなイベントを行うこと自体は私は賛成です。
それが全然関係無かろうが、邪道だろうが、きっかけというものはとても大事だと思います。

昨日の「太田光の私が総理大臣になったら・・・秘書田中。」で農業がテーマになっており、
森永卓郎さんが、
「若者に農業に関心を持ってもらうため、メイドの格好して田植えをしたら。」
というようなことをおっしゃっていました。

当然のように非難轟々です。

本気で言ったのか、冗談なのかは知りませんが、私はおもしろいな、と思いました。

シリアに行く前なら私も非難する側だったと思います。

しかし、シリアでの活動で私の考えは逆に変わってしまいました。
それはまた後々。


帰りの駅の中。
DSCF0158.jpg

ここにでも野菜が販売されていました。

やっぱりブームなんですかね。

私とりんご。

Posted by hirotoshi on 12.2010 Category: None   0 comments   0 trackback

買い物がてら、町をぶらぶらしていたら偶然見つけました。

DSCF0135.jpg

パルミラの特別展示。

もちろん入りました。

懐かしかったです。

帰国して4ヵ月経過した今でも昨日のように覚えています。
帰りたいですね。

リンゴと私は切っても切れないというか、
今は少し離れますが、将来絶対に関わると思っています。

それくらい私はりんごに縁を感じています。

小学校の頃、3年間くらいでしょうか、弘前の樹木町に住んでいました。
ここが原点でしょう。

樹木町にはりんご畑がたくさんあり、りんごに囲まれ育ってきました。

弘前のりんご畑、当時は町の近郊にもたくさんありました。
しかし、どんどん宅地開発され今ではそのほとんどは姿を消してしまいました。
jyumoku1.jpg 
こちら樹木ねぷた愛好会の町印。 
りんごの花です。

樹木町はりんご発祥の地、と言われていました。

当時小学校の私は特に疑問にも思わず、大学に入るまですっかり忘れていたのですが、
その謎が大学での授業で解けたのです。
樹木町は青森、いや日本のりんごの神様、外崎嘉七が生まれた場所、というのがその由来だそうです。

それを聞いた時、感動というか嬉しくなり
また、嘉七がやったこともすごく、かっこいい人なんです。

そしてそれを教えてくれた先生、この人もまたすごい。

大学教授なのに、もつ現場技術が半端ではありません。
職人のような人で、農家の信頼も厚い珍しい大学教授だと思います。
実際受けた授業も面白かったですし。

その先生に指導を受け、大学、大学院を卒業しました。
怒りながらも毎日畑でたくさんのことを教えてくれ、農家にも連れて行ってくれたり
おかげで教科書では学ぶことができないことを山ほど経験させてもらいました。

他にもたくさんのあるですが、おげで私は果樹、りんごに強烈な興味を抱き、りんごの道に進むことになりましたが、
それでも海外で農業を指導してみたい、という夢は捨てきれませんでした。

もしもずっと昔から真剣にその道の進路を考えていたとするならば、
開発経済とかそっち方面に進んだでしょうが、当時はそこまで考えていませんでした。

そんな時知ったのが青年海外協力隊。

いろんな職種があり、なんと果樹という職種もあるのです。

それでシリアに行くことになりました。

果樹という職種で参加したものの、シリアでも活動は節水灌漑技術指導、普及がメインとなるものでした。
私は赴任当初、りんごを捨て、2年間は節水灌漑に専念しようと思っていました。

しかしシリアでも縁があり、りんご関係の活動をすることになってしまいました。

そして、その協力隊、シリアでの活動が現在の進路に繋がっています。
協力隊の活動、そしてその国がシリアでなければ今の選択はしていなかったと思います。

私と農業。

Posted by hirotoshi on 11.2010 Category: None   0 comments   0 trackback

DSCF0134.jpg
東京で見る青森。
青森でもたくさん見たはずですが、東京の駅で見ると自然と目がいってしまいます。

たくさん人来るといいですね。

シリアでお世話になった専門家に会うため、町田にある事務所に行ってきました。

相談事があったのですが、
居酒屋で飲んでおしまい。

楽しかったのでいいんですけどね。

熱い人たちが集まった小さな会社。
雰囲気は会社というよりはサークルみたいな感じ。
本人たちもそう言っております。

しかしそれぞれ高い技術、豊富な経験を持ち、
シリア人の信頼も厚く、尊敬できる人たちです。

さて、私が東京で何をするのか。

結論から言うと
ある農業法人で農産物の小売り技術を学び、
調理師学校で料理を勉強する。

はい、この二つです。

親戚、友人みなびっくりです。
そりゃそうですよね。

今まで農業に携わってきた人間がなぜ料理なのか、と。

わかります。

でも、私の中では大学で勉強したこと、協力隊、シリアで経験したこと全てが繋がっており
それらが無ければこの考えには至っていません。

私が農業の道に進もと決めたのは高校1年生。

特に飢えで苦しむ子供の姿や、干ばつで作物が育たない
そんな途上国の様子をテレビか何かで見て、

「将来は途上国で農業の指導をしたい。」

という気持ちが芽生えました。

そのために地元、弘前大学の農学部に進学。

当初はやはり主食である小麦や米の栽培技術を学ぼうと思っていました。

しかし、ここでリンゴと運命的な出会い。

縁があったというか、導かれたというか、
リンゴに夢中になってしまいました。

新たな出発。

Posted by hirotoshi on 10.2010 Category: None   2 comments   0 trackback

DSCF0133.jpg 

やってきました。

大都会、東京。

旅行じゃありません。
生活するんです。

これから1年間、東京で仕事と勉強します。
どんな仕事、勉強をするかは後々。

とりあえず農業に関わる、いや繋がる仕事、勉強です。

昨年の10月に青年海外協力隊の活動を終え、4ヵ月。

あれこれ悩み、考え抜き選んだこの道。

正しいのかは正直自信ありません。
不安いっぱいです。

とは言え、自分で選んだ以上、全力で取り組みたいと思います。


青年海外協力隊時代のブログを消去し、新たに立ち上げようかとも思いましたが、
せっかくの記録ですし、そのまま継続して続けることにしました。

でもタイトルは変更。

My Dear Life

私の好きなジャズミュージシャン、渡辺貞夫さんの代表曲から拝借。

素敵な曲です。