Loading…

シリア・アーンミエの起源は? June.30.2009

Posted by hirotoshi on 30.2009 Category: None   0 comments   0 trackback
「ヤーレイト」(アーンミエ) → 「アタマンナー」(フスハー) → 「I hope」(英語)
 
ワーエルとの会話中、「ヤーレイト ~ 」と言っていたので、どういう意味か尋ねたところ、以上のような意味があると教えてくれました。
 
その後、シリア・アーンミエの話になり、これがなかなか新しい話で面白いな~と思いました。
 
テーマは「シリア・アーンミエの由来」について。
 
その前に、アラビア語について簡単におさらいしますと、アラビア語にはフスハーとアーンミエがあります。
 
フスハーは正則アラビア語と呼ばれ、アラビア語の標準語のようなものです。
主に読み書きに用いられ、シリア、イエメン、エジプト、モロッコなどアラブ諸国の人々が使用しています。
 
アーンミエはいわゆる方言。
しゃべり言葉です。
フスハーと全然違うというわけでもないのですが、各地方独特のアーンミエを持っています。
アーンミエもいくつかに大別されるようですが、シリア方言はシリア国内はもちろんかつてビラード・アッシャーム(歴史的大シリア)と呼ばれた、ヨルダン、パレスチナ、レバノン、イラク東部も使われているようです。
実際それらの人々と話しても多少の違いはありますが、普通に通じます。
 
それがアラブ諸国で一番西に位置するモロッコ方言となると、シリア人でもわからないそうです。
 
さて、じゃあこのアーンミエ、特にシリア・アーンミエが何に由来するか、ということです。
私はフスハーが何らかの形で変化したものだと思っていました。
 
それは半分正解です。
 
じゃあ、なんの影響を受けたのか?という話です。
 
それがワーエルが言うには古代人の影響だ、ということらしいです。
TVで見たらしいです。
 
古代人なんて研究されていないだけでいろんなところにいたのでしょうし、自慢するようで恥ずかしいのですが、中東、特にビラード・アッシャームの古代人は日本の教科書にも出てくるくらい重要で研究もされています。
例えば、この地域には以下の4種類の古代人がいたそうです。ビラード‐アッシャーム2
 
 
A・・・フェニーキー(フェニキア人)
ギリシャなどとの地中海貿易を支配していたそうです。また、現在のアルファベットの基となる言葉も使っていたみたいですね。
 
B・・・アラーミー(アラム人)
ここに住んでいる人は現在でもキリストが使っていたと言われるアラム語を使用しています。
 
C・・・カナーニー(カナン人)
パレスチナ、シリア南部に住んでおり、ナバタイ人(ぺトラに住んでいた人々)とも関係あるらしいです。
 
D・・・アーショーリー(アッシリア人)
ユーフラテス川近辺で文明を築いた人たちだそうです。
 
にわか知識ですが、これらって高校の世界史の教科書にも出てきましたね。
 
シリア方言はこれらの古代人の影響を受けているそうなのです。
なので、ワーエルが見たTVの教授はサウジアラビアやイエメン、おマなどアラビア半島の人々のことをアラブ人と呼び、ビラード・アッシャームの人々はアラブ人ではなくシリア人と呼ぶべきだ、と主張しているそうです。
 
ワーエルは古代から高度な文明を築いた人たちにシリア・アーンミエが由来することに感動したらしく、シリア・アーンミエに誇りを持つようになったそうです。
 
その一方で、シリア人は昔から高度な文明を持っていたのに、同じ時にアラブ人(アラビア半島の人々)は動物を追いかけていただけだ、ともバカにしていましたが。
 
素人考えかもしれませんが、よく考えれば言語なんてパッと生まれて広がるものでもないでしょうし、どんな言語でも元をたどれば行きつくとこがあるわけで、それがシリア・アーンミエの場合、フェニキア人、アラム人等の古代人に由来することがわかったというだけで、なにも自慢することでもないような気もしますが、これだけ研究されているのはすごいな、と思います。

スルガヤのリンゴ農家、アブーアリー June.27.2009

Posted by hirotoshi on 27.2009 Category: None   0 comments   0 trackback
珍しく曇り空のシリアの朝。
そういえばここ3ヶ月雨が降っていません。
 
スルガヤのリンゴ農家、アブーアリーの家に行ってきました。
農家を訪問する機会というのはほとんどなく、スルガヤのリンゴ農家を訪問するのは実は初めてです。
 
約束の時間は朝10時。
スルガヤは同じルーラル・ダマスカス県内なのですが、ハランからだとセルビスを4本乗り継ぎ2時間30分近くかかります。
青森だと弘前から八戸くらいまでありますかね。
弘前→八戸だとかなり億劫ですが、ハラン→スルガヤだと全然億劫じゃないんですよね。
交通の便の良さでしょうか。
ハラン→スルガヤは4本セルビスを乗り継がなくてはいけませんが、本数がかなりあるので待ち時間がありません。
また、自宅前からダマスカス行きのセルビスが出ており、乗り継ぎもほとんど歩かずでき非常にスムーズです。
 
さて、今夏の訪問でシリア、特にスルガヤのリンゴ農家についていろいろ話を聞けました。
まず、経営形態ですが、私は日本に近いな、と思いました。
単純に小規模家族経営なのか、大規模経営なのか、という違いだけですが。
日本のリンゴ農家は初規模家族経営ですが、シリアも同じで、農繁期に人を雇う程度だそうです。
 
ただ10aあたりの収量を聞いたときはびっくりしました。
アブーアリーの畑では10aあたり8t~10tとれるそうです。
農業省のデータでは10aあたりの収量は0.7tと書いていたのですが。
私の聞き間違いかなんかでしょうね。
 
栽培されている品種はゴールデン・デリシャスが最も多く、次いでスターキング・デリシャス。
他にも栽培されてはいるようですが、主にこの二つが主要な品種だそうです。
 
そして使用されている台木は実生台。
どうりで強勢樹が多いわけですね。
 
スルガヤのリンゴはロシア、モルドバなど周辺諸国に輸出もされているそうです。
 apple.jpg
この日も私は青森のリンゴの写真を持って行きました。
私が青森のリンゴ紹介に使う写真は、叶内拓哉さんのその名も「りんご」。
1年間の生育、栽培管理が写真で見ることができるので紹介には適しています。
ただ、被写体の樹形が悪いのがちょっと気になるところではあるのですが。
 
その本の中に、成り枝にたわわと実ったリンゴの写真があります。
私はその写真を見せながら、アブーアリーにこの写真についてどう思うか尋ねました。
というのは、私はその写真で摘果をしてもこれだけの果実がなるんだ、というのを彼に見てほしかったからです。
写真を見て一言
「ムンターズ(素晴らしい)!」
とアブーアリーが言いました。
 
それだけじゃ何が素晴らしいのかわかりません。
そこで私はすかさず、
「あなたの目から見て、この写真の着果量はどうですか?足りないですか?それとも十分ですか?」
と聞くと、
「十分だ。」
との答えが返ってきました。
 
これで足りない、と言われれば望みがないと思っていましたが、十分だ、という答えから、シリアでも日本流の四栽培管理が通用するのではないか、と思いました。
 
今回のやり取りで写真で示すことの効果の大きさを知りました。
いくら口で説明するよりも、やはり目で見た方が実感しやすいんですね。
今後、この手をもっと使ってみようと思います。
 
今日もサクランボをたくさん頂いて帰りました。

第2回スルガヤ講習会 June.18.2009

Posted by hirotoshi on 18.2009 Category: None   0 comments   0 trackback
今日も昨日に引き続きスルガヤへ。
しかし今日は講習会です。
 
スルガヤは最初に講習会を行った場で、前回の講習会は滑りまくりました。
そんなトラウマの残るスルガヤ。
少し行くのが億劫でした。
 
今回の集合時間は8:30で余裕があります。
しかも、スルガヤはルーラル・ダマスカスというだけあり、4県の中で最も近くにあります。
それでも車で1時間はかかりますが。
 
今回は新たに袋かけの講習資料を作りました。
時間に余裕があったので時間をかけて作ろうかと思っていたのですが、例の如く明日でいいだろうと思っていたら、時間が無くなり、結局昨日1日で作ることとなりました。
この癖は直したいのですが、これはもうほんとに小さい頃から治りません。
むしろ大学で悪化した感じもします。
 
さて、今回一緒に行くメンバーは、ウスターズ・サーレヘ、ルーラル・ダマスカスのエンジニア、ウスターズ・ズィヤード、運転手の4人です。
 
前回の講習会ではまだ果実が小さすぎて摘果ができませんでした。
いや、本当はしなきゃいけなかったんです。
でも使用予定の品種がスターキング・デリシャスということで少し迷ってしまいました。
 
スターキング・デリシャスはジューンドロップがあり、自家摘果性をもった品種です。
なので、そこを農家に突っ込まれ、迷ってしまい、結局前回はやりませんでした。
スルガヤにはそんな苦い経験があるのです。
 
そんなことがあったせいか、今回の講習参加者は普及員も含め5人。
さみしい気もしますが、小人数でしっかり教えるのもいいんじゃないか、とは思っていました。
 
講習はいつものようにウスターズ・サーレヘが最初に説明し、私が補足説明をし、実技指導に移る、という流れです。
 
今回は天気が良かった、いやいつも快晴なのですが、外での青空講習となりました。
 
そして講習を終え、実技指導の前にリンゴの樹(スターキング・デリシャス)を見ながら農家と話をしていた時です。
ジューンドロップも終わったからなのでしょうが、着果状態、果実の大きさなどシリアで見たことがないくらい素晴らしく、
「ムンターズ!ムンターズ!!(素晴らしい!!)」
と興奮しながら話していたら、農家から
「いや、今年は少ないんだ。よくないよ。」
と言われました。
「これくらいならいいんだけどね。」
と鈴成りになったゴールデン・デリシャスを見て言われました。
大したことないと思われるかもしれませんが、私にはその発言が結構衝撃的でした。
もちろん前からシリアの農家は摘果はせず、鈴成りのリンゴを好むことは知ってたのですが、リンゴの樹を前にして言われるとまたその衝撃も一入です。
しかし、また新たにシリア人リンゴ農家の考えを知ることができて、大きな収穫でした。
 
さて、肝心の講習ですが、私は人数が少ない方がやりやすいな~と思いました。
1人1人とも距離も近いし、接する時間も確保できるし。
 
講習の後は恒例のウスターズ・サーレヘによるだめだし。
スルガヤでは普及所に対しいろいろ指摘しておりました。
前回もそうだったのですが、スルガヤでのだめだしは他よりも多く、長いんです。
「あれはやってるか、これはなんだ。」
と横から見て入ればまるで先生が生徒に説教しているようで面白いのですが、普及所長は女性で綺麗な人なのですが、完全に笑顔がひきつっており、嫌そうな空気を出しまくっていました。
しかも今回は中央の普及局(ウスターズ・サーレヘ)、県の普及局(ウスターズ・ズィヤード)の二人にまくしたてられるように説教されており、少し気の毒にも感じました。
 
帰りに車の中で
「怒っているように見えたけど、スルガヤ普及所は問題が多いのか?」
と聞くと、二人とも
「そうじゃない。これは少しでもスルガヤ普及所を良くするためにやってるんだ。怒ってるわけじゃない。」
だそうです。
講習風景1 農家、普及員1
農家2 夫婦
サーレヘ スルガヤ普及所長

試験の打ち合わせ June.17.2009

Posted by hirotoshi on 17.2009 Category: None   0 comments   0 trackback
今回のプロジェクトは普及だけではなく試験も行います。
試験といてもそんなたいそうなものではなく、絵入りリンゴを作る、というだけなのですがね。
 
目的の一つは絵入りリンゴの生産試験。
『試験』という言葉は別にいらないのですが、試験場で試験をやらせてもらう手前、つけた方がいいかな~と思ってつけました。
とりあえず、絵入りリンゴはこんなもんなんだ、というのを見せること、そして広報のためのリンゴを作ろうと思っています。
二つ目の目的は、シリアで作った袋の試験。
去年は日本から持ってきた袋を使い、絵入りリンゴを作りました。
今年も日本から持ってきた袋を使いますが、今年はそれだけではく、シリアで袋を作り、その効果を検証する予定します。
もしも来年シリア人が自分でやりたい、となったときいちいち日本から袋を輸入していたのでは時間もお金もかかりますからね。
 ワファ―
そんなことで、今日はスルガヤ農業試験場に試験の打ち合わせに行ってきました。
スルガヤでいつも私の相手をしてくれるのは、アーニセ・ワファー。
ちなみにアーニセ、は女性に対し先生、と呼ぶときに使うアラビア語です。
なのでワファー先生、といった感じでしょうか。
 
彼女は研究者ではないのですが、スルガヤ農業試験場では副場長的存在。
試験場内ではなかなかの権力をもった人です。
いつも帰るときに果物や自家製ジャム、オリーブなどを持たせてくれるおばちゃん的なところも持っています。
 
今回の打ち合わせ内容は二つ。
一つは試験内容、これは去年とほぼ同じ内容なのですんなり終わりました。
 
二つ目は講習について。
今回の講習でやりたい活動の一つに、普及所、試験場の相互交流があります。
シリアではこの二者間の交流が全くありません。
私は地域の農業を向上させるためには、この二者間の交流が重要だと思っており、ナシャビエでもいろいろやったのですが、なかなか実現できずにいました。
しかし、今回私は絵入りリンゴ製作、という同じテーマで試験、普及を行っています。
なので、私は今ちょうど間に入れる絶好のポジションにいるわけです。
そこで今回はこのプロジェクト内で試験場→普及所、普及所→試験場の訪問を行おうかと考えています。
 
これをアーニセ・ワファ―に話したところ、普及所→試験場は簡単にOKをくれましたが、試験場→普及所は嫌だ、と言われました。
 
シリアでは試験場は普及所を下にみているところがあり、そういうプライドが邪魔してるのかな~と思います。
それもわからなくはないですがね。
 
この日は試験場で収穫したサクランボを3~4kg持たせてくれました。
 
美味しかったです。
サクランボ  

続・ラタキア講習会 June.16.2009

Posted by hirotoshi on 16.2009 Category: None   0 comments   0 trackback
1週間ぶりの更新。
なんだかいろいろ忙しく、更新する時間がありませんでした。
 
過酷な昨日のラタキア出張でしたが、せっかくの中身に触れていませんね。
 
私たちが現場に到着した時はファーマーズ・スクールの最中でした。
オウビーンでのファーマーズ・スクールには40人近い農家が参加しており、今まで見た中で最多人数です。
講義の内容は環境分析(気温、湿度、土壌pH等の測定)と病害虫観察。
どこの県も同じ内容ですね。
 
あとおもしろいな~と思ったのが農薬散布の講習。
霧の粒の大きさでどれだけ農薬が無駄になるか、というのを説明していました。
講習では
① 色つきの水を用意する。
② それを粒の大きさを変えて、白い紙に吹きかける。
③ 粒が小さい霧は噴霧範囲が広く、しっかり紙に付着する。
④ 霧の粒が大きいと噴霧範囲が狭いだけでなく、余分な農薬が下に垂れる。
シリアにはスピードスプレーヤーがなく、手持ちの噴霧器を使っています。
試験場でも農薬の散布方法を見ていると勢いが強いな~とは思っていました。
しかし、このように説明されると納得しやすいですね。
 
いつもはファーマーズ・スクールの最後にウスターズ・サーレヘと講師が反省会をするのですが、この日の反省は
・ 農家には説明中に発言させるな、終わってから発言させろ
・ 分析したデータをしっかり記録しろ
・ 分析したデータの考察をしろ
でした。
もっと言ってた気がしますが、これくらいしか聞き取れませんでした。
 
ファーマーズ・スクールはまだ始まって日が浅いようで、農業普及局でも手探りで行っている様子がひしひしと伝わってきます。
 
さて、自分の講習ですが、この日も摘果、袋かけを行いました。
 
しかし、オウビーンのリンゴ樹の結果状態は極めて悪く、果実を見つけるのに苦労しました。
また、果実の着生位置も悪く、樹冠内部に多くの果実がついており、なんとか袋をかけたものの、正直なところ現段階でよい結果は望めません。
 
今回は4県で講習を行いますが、この中で一番結果が期待できそうなのはスルガヤ。
去年は霜害でボロボロでしたが、今年の着果状態は去年と比べ物にならないくらい良く、果実の形もきれいです。
その次に良いのはシャハバ。
シャハバも着果状態はそれなりに良いのですが、使用した樹の樹勢が弱めなのが若干気になるところです。
まあまあ期待できます。
 
バルシーン、オウビーンは果実の量が少ないだけでなく、果実着生位置が悪いので、もはや成功は難しいだろう、という気になっています。
 
まあしかし、4県の栽培管理方法を見ると全然違います。
特に剪定の方法。
 
帰り際にレポートでも書いてシリアに提出しようかな、と目論んでいます。
 ラタキアのおじさん
 

ラタキア行ってきました。 June.15.2009

Posted by hirotoshi on 15.2009 Category: None   0 comments   0 trackback
 ラタキアでの講習会。

 

かなりしんどかったです・・・。

 

ラタキアはダマスカスから車で4時間半~5時間。

日本だと青森から仙台くらいまででしょうか。

遠いんです。

 

そんなラタキアでの講習を日帰りでやろう、というもんだからきついだろうな、というのは想像してましたが、体調が悪かったこともあり、想像を超えるきつさでした。

 

ダマスカス出発は朝7時。

農業普及局の車で移動です。

今日の講習を共にするのは、農業普及局で講習やら普及計画を統括するウスターズ・サーレヘ、その中でもリンゴを専門とするウスターズ・マーゼン、運転手、そして私の4人です。

ちなみに、『ウスターズ』というのはアラビア語で『先生』という意味です。

講習は大体このメンバーで行っています。

 

9時、中間地点のホムスで遅い朝食。

フール、サラダ、ファラーフェル、ホブズを食べました。

シリアでは典型的な朝食ですが、朝からお腹が痛い私には非常にハードでした。

 

10時、タルトゥース着。

海が見えます。

「海水パンツ持ってきたかい?」

と、この時点ではまだジョークを飛ばす余裕もありました。

 

11時、まだラタキアに着きません。

そろそろ今日講習ができるのか、そして何時にダマスカスに帰れるのかが徐々に気になってきます。

 

12時、やっとラタキアに着きました。

沿岸の町ということもあってか、ここがシリアか、と思うくらい町の雰囲気も華やかです。

まずは町中にあるラタキア県の農業普及局で挨拶。

 

12時半、挨拶を終え、講習場所へ出発。

昨日は町から30分位の場所にある、という話でした。

となると、現場へ着くのが13時、2時間講習をして15時、となるとダマスカス帰着時間は20時くらいになるのかな~と、この辺りからダマスカス帰着時間を計算し始めました。

 

13時半、現場到着。

ついた場所はオウビーンというラタキアの片田舎にあります。

町の華やかさなど全く無く、典型的なシリアの村。

山、谷を越え結局1時間かかりました。

おなかの痛さに車酔いが重なり、気分は最悪です。

 

オウビーンでもリンゴを対象としたファーマーズ・スクールが行われており、現場に着いたときはまだ講習の最中でした。

私の講習はファーマーズ・スクールの最後にやらせてもらっているため、しばらくは講習の見学です。

 

ファーマーズ・スクールというのは何でもFAOが提唱したものらしく、シリアでもそれに準じ、最近始めたそうです。

なので講習の内容、方法も手探り状態で、ウスターズ・サーレヘは私の講習の相方であると同時に、その講習のチェックも行っています。

 

14時、まだ終わりません。

この時点で、私の計算ではダマスカス帰着時間は21時を越えています。

どんどん計算が狂っていきます。

 

14時半、とうとう私の出番が来ました。

本当は2時間くらいのプログラムを組んでいたのですが、時間もないので1時間に凝縮し、16時には講習を終えました。

 

16時半、アラブ漢方の医者を尋ねる。

言い方は正しくないでしょうが、ラタキアにアラブ漢方というか薬草の医者がいるらしく、そこに寄ることになりました。

ここで暴走したのがリンゴの専門家、ウスターズ・マーゼン。

彼は薬草にも造詣が深く、その医者と意気投合してしまい、一人でずっと話してました。

話が途切れたところで、「じゃあそろそろ・・・」と誰かが切りだすのですが、それを遮るかのように話を続けます。

話が終わり、帰る途中も草を見ては説明し出し、なかなか帰れません。

結局そこを出発したのが17時。

ここまでくると、「もう帰れないんじゃないの?」と思い始めます。

 

18時、ラタキア農業普及局着。

ここで職員を1人降ろし、ダマスカスに帰る予定だったのですが、普及局に着くと夕食が用意されていました。

これにはさすがに皆焦っていました。

帰れなくなるんじゃないか、と。

用意されていたのはシリア版ファーストフード。

ポテトフライとサラダと鶏肉。

1人前が3人前くらいあるんじゃないかというありえないボリューム。

「遅くなるから。」と断ってくれないかな~と内心期待していたのですが、それを断れないのがまたシリア人ですね。

 

私はお腹が痛くほとんど食べれなかったのですが、それを見た普及局の人が、

「食べれないのか?」

と気を使ってくれたのはいいのですが、

「じゃあ別なものを買ってこよう。」

と立ち上がったときは全力で断りました。

最後は、「こんなので申し訳ない、もっともてなしたかったのだが。」などと自分をものすごく責めていました。

さすがおもてなしの文化。

嬉しいし、素敵だと思いますが、欲を言えばこのあとダマスカスに帰らなければいけない、という事情も考慮して欲しかったですね。

 

19時、ラタキア発。

日も暮れかけ、地中海に沈む夕日は綺麗でした。

そんな感傷に浸りつつも、頭の中は腹痛といつダマスカスに着くのか、ということでいっぱいでした。

結局ダマスカスについたのは23時。

もうくたくたです。

 

この日の総移動距離は1000km、乗車時間10時間。

余裕で青森から東京までいけますね。

 

みんな懲りたようで、結局、次回は『泊まりで。』ということになりました。

 ラタキアの海

リンゴ講習会、ラタキア追加。 June.14.2009

Posted by hirotoshi on 14.2009 Category: None   0 comments   0 trackback

午前中、ナシャビエ灌漑試験場のブドウ畑で仕事をしているとき、ウスターズ・サーレヘから

「絵入りリンゴプロジェクト、ラタキアでもやるから。明日いくぞ!」

との電話がありました。

 

ラタキアでもやってくれ、という話はちらほらあったのですが、明日というのはこれまた急な話です。

急いで事務所やら配属先やらに連絡し、若干もめましたがなんとか許可をもらうことができました。

 

ラタキアはシリア北西部、地中海に面したとても綺麗な都市で、最古の文字だかアルファベットだかが発見された場所として知られています。

 

気候は温暖でリンゴよりは柑橘類やオリーブの栽培の方が盛んなのですが、山岳部ではリンゴも栽培されており、シリア第3位の生産量を誇ります。

 

ルーラル・ダマスカス、スウェーダ、ハマ続き、ラタキアでの講習会。

かなり活動範囲が広がりました。

 

大変ですが、これでシリアのリンゴをほぼ制する形になります。

 

これからまた忙しくなりますね。

ワーカー 

公務員の給料。 June.10.2009

Posted by hirotoshi on 10.2009 Category: None   0 comments   0 trackback
 今日は珍しく曇り空。
心なしか蒸し暑い気がします。
 
同僚のワーエルが元気ありません。
帰り際、なんかあったのかと聞くと事故を起こしたそうです。
 
幸い怪我はなかったのですが、大変なのは車の修理代。
15000sp(約3万円)だそうです。
 
私たち日本人にしてみれば別に普通だと思うのですが、彼らにとっては大金です。
ワーエルの月の給料は確か8000sp。
なので約2ヶ月分の給料になってしまうわけです。
 
私のカウンターパートアイマンは試験場長ですが彼でさえ10000sp程度しかもらっていません。
シリアでは公務員の給料は安いが仕事は少ない、私企業の給料は高いが仕事がたくさんある、と言います。
 
私の職場の勤務時間は8:30~14:30。
しかも、その大半が休憩時間みたいなものなので実質の労働時間は3~4時間程度でしょうか。
ひどいときは0時間のときもあります。
なので確かに仕事量は少なく、楽なのです。
 
しかし、それで生活が成り立つか、となると実際厳しいらしいです。
副業を持っている人もたくさんいます。
 
シリアでは公立なら教育費も医療費もお金がかかりません。
また物価も日本に比べると安いです。
 
ただ、テレビや携帯電話、パソコンなどが普及し、生活の質が近代化するとやはり支出が増えるわけで、そうなると家計がどんどん圧迫されていきます。
 
なので、最近ダマスカスでも少子化傾向にあるらしく、複数の奥さんと結婚する人も減ってきているそうです。
子供

私の活動。 June.9.2009

Posted by hirotoshi on 09.2009 Category: None   0 comments   0 trackback
徐々にブログ更新が波に乗ってきたのですが、気づけば仕事について全く書いていませんね。
しかし、仕事は今が一番波に乗っています。
 
今年に入り、『絵入りリンゴ生産プロジェクト』というものを始めました。
じっくり書こうかと思っていたのですがきっと書かないので、これまでの経緯、内容などダイジェストで書いてみようかと思います。
 
     2007年11月、ナシャビエ灌漑試験場に赴任して最初に言い渡された仕事が、「お前に何ができるのか、1ヶ月やるからアラビア語でレポートを書いてくれ。」
 
 
     2007年12月、自分ができることをリストアップし、レポートを提出。
袋
 
  
     2008年1月、その中でアイマン(私のカウンターパート)が選んだのが『リンゴの袋かけ』について。
レポートに書いたものの、私はあまりやりたいとは思っていませんでした。
しかし、シリアには無い技術であること、短期間で結果が出せることなどを理由にアイマンが選んでくれました。
当時は若干不満でしたが、今になってそれが賢明な選択であったことに気づきます。
 
  スルガヤ
     2008年3月、スルガヤ試験場(ルーラル・ダマスカス県のリンゴの産地)でも試験を行うことが決まる。
ナシャビエ灌漑試験場にもリンゴがありますが、そもそもナシャビエはリンゴを作るような環境のところじゃありません。ということでスルガヤ試験場でも試験を行うことが決まりました。
 
     2008年5月、試験開始。
まずは摘果から始めたのですが、これには「ハラーム!」とずいぶん文句を言われました。
ワファ  
     2008年9月下旬、収穫。
本当はもう1週間くらい後に収穫したかったのですが、アイード アルフトゥルと重なるため仕事が休みで、今収穫しろ、といわれ不本意ながらも収穫しました。
 
 
 
 展示会
     2008年10月、絵入りリンゴを第4回国際農業展示会に出展。
JICA事務所員から展示会があるとの情報を聞き、アイマンに絵入りリンゴを出展できないかお願いしたらGCSAR(試験場のトップ)のブースで出展させてもらえることが決まりました。どう展示されているか不安で向かった展示会場でしたが、ブースの一番目立つところ、ど真ん中においてもらい、それを見たときは涙が出そうになりました。
 
     2009年3月、絵入りリンゴを使った活動を提案。
2008年、たくさんの人に絵入りリンゴを見てもらい、自分でもやりたい、という人が現れました。
そこで、これを利用しない手はないな、と思い考えたのが、絵入りリンゴ生産を通したリンゴ適正栽培技術の普及。
絵入りリンゴを作るためには、もちろん袋をかけなければいけませんが、良いリンゴを作るための基礎的な栽培管理技術が行われていなければいけません。
しかし、シリアではそれが行われていません。
そこで、絵入りリンゴ生産を通してリンゴの栽培技術を教えられたらな、と思いました。
 
     農業普及局長との面談、講習会開催決定。
JICA職員のすすめもあり、その企画書を農業普及局に送ってもらったところ、局長直々に話を聞きたい、ということになり、農業普及局に行き、話をしてきました。
その結果、去年試験を行ったスルガヤだけではなく、スウェーダ、ハマでもやってみないか?という話を頂きました。
 
     2009年5月18日、講習会の日程決まる。
各県5回、合計15回の講習を行うことが決まりました。
 
     2009年5月21日、第1回講習(スルガヤ)。
1回目の講習内容は摘果。
アラビア語で資料も作り、準備万端だったはずなのですが、自分のアラビア語能力の不足、農家からの結構ハイレベルな質問に焦り、講習を行う大変さをいきなり痛感しました。
また、スルガヤで使用するスターキングデリシャスは早期落果という性質があり、私はスルガヤはもう終わったころかと思っていたのですが、まだ終わっておらず、結局摘果もせずに帰ってきました。
しかし、自家不和合成について知らない人が農家、普及員にいたことは新しい発見です。
集合写真
 
     2009年5月26日、第1回講習会(ハマ)。
スルガヤでの失敗を引きずったままのハマでも講習。
道中なんどか帰りたくなりました。
しかし、スルガヤでの私の姿を不憫に思ったのか、このプロジェクトのカウンターパートであるサーレヘがかなり手助けをしてくれ、とりあえずは楽しく終えました。
講義は摘果だけ行おうと思っていたのですが、すでに果実が大きく、袋かけもやってしまいました。
しかし、着果率は低かったです。
シャハバ
 
     2009年5月27日、第1回講習会(スウェーダ)。
講習の内容、方法はハマとほぼ同じ。
ただ、ここも果実が意外と大きく、しかもその時袋を持参していなかったので翌日改めて袋をかけに行きました。
 
いろいろ書きたいことはたくさんあるのですが、ダイジェスト版としてはこんなもんでしょうか。
 
はじめはあまり力を注ぐつもりもなかった袋かけに試験ですが、それがたくさんの人の理解・協力もあり、リンゴの栽培技術の講習会を実施する、という思わぬ形に変化しました。
 
残りの活動期間、これが活動の軸になるだろうな~と思います。
 

本当の優しさとは・・・。 June.8.2009

Posted by hirotoshi on 08.2009 Category: None   0 comments   0 trackback
ホスピタリティーの国、アラブ。
よく言われますが、最近私は非常に疑問です。
                                           
辞書によると、ホスピタリティーとは心のこもったおもてなし。手厚いおもてなし。
 
私が短期旅行者なら間違いなく、
「あ~、アラブ人は親切だ。」
と思って帰るでしょう。
 
シリア人は見知らぬ人でも
「タファダルー!ターシュラブシャーイ!!(どうぞ!お茶でも飲んで行きなー!!)」
と招いてくれます。
ほんと嫌だというくらいもてなしてくれます。
 
そういう意味でホスピタリティーの国、というのは間違いないと思います。
 
じゃあそれで我々が抱くであろう
「アラブ人はやさしい。親切だ。」
という感想は適切なのだろうか?というとこです。
 
私がシリアで嫌いなことの一つがマナーの悪さ。
あくまでも日本基準のマナーです。
 
私が嫌いなシリア人のマナーを羅列すると
① 順番待ちのときに並ばず割り込む。
② 半端ない車の路上駐車。
③ スピード出しすぎ。
④ 車、バイクのクラクションを鳴らしまくる。
⑤ 携帯の音楽。
⑥ ゴミのポイ捨て。
など。
 
私は
マナーが悪い = 人に迷惑をかける
という風に認識しています。
彼らは自覚はないのでしょうが、上記の①~⑥の行為を平気でします。
人に迷惑をかけることをしない、というのは私の中でのやさしい人間の条件の一つです。
なので、シリア人は当てはまりません。
でも嫌いというわけではないですよ。
それにすべてのシリア人がそういうことをするかというとそうではないですし。
 
また、少し穿った見方ですが、アラブ人のホスピタリティーとは直接人と接するダイレクトなものだと思うのです。
それって、相手に喜んでもらえたり感謝されたりして、結果自分もいい気分になれると思います。
もてなすことで多少疲れるでしょうが、いい気分にはなれます。
 
一方、並んだり、ゴミのポイ捨てをしない、というのは直接感謝されることはなく、いい気分になることはありません。
 
なんというんでしょうかね、アラブ人のやさしさって感謝される、というような見返りがないと成り立たないんじゃないかな、という気がするのです。
 
1年半シリアで生活してそう感じました。
 
逆に、日本人は①~⑥のようなことをする人は少ないですよね。
そうなったのも最近のことでしょうが、それってものすごいことだと思います。
 
最後にまた自己弁護しますが、決してシリア人が嫌いなわけではありません。
むしろ、好きです。
何度も助けられてきましたし。
 
ただ、無条件にアラブはホスピタリティーだとかやさしいとかいうのは違うな、という話です。
neko.jpg 

シリア人同士の人間関係って・・・。 June.7.2009

Posted by hirotoshi on 07.2009 Category: None   0 comments   0 trackback
CIMGx0461.jpg シリア人同士の人間関係は非常に濃いというか、難しいな~と見ていて思うことがあります。
 
例えばセルビスに乗ったとき。
 
友達同士で乗る場合、個々でお金を払うということは絶対せず誰かが払います。
それは別に普通というか、ありだと思うのですが、誰が払うかで長々ともめるのです。
 
(ちなみにセルビスは右のようなワゴン車タイプの乗合バスのことで、シリアの主要交通手段です。料金も市内なら10sp(約20円)と非常に安価。お金はセルビスに乗ってから払います。)
 
話に戻りますが、シリア人は基本的に自分で払いたがります。
なので、誰かがお金を出すと、
「お前何やってるんだ!出すんじゃない!」
「いやいや、ここは俺が出す!」
「いややめろ、お前にはがっかりだ!」
等のやり取りが続き、誰かが出すと
「戻せ戻せ!俺が払う!」
「いや、そのまま運転手に渡せ!」
と今度は他人まで巻き込むので、厄介。
巻き込まれた人は困ってしまいます。
 
お金が運転手にわたり、解決したと思いきや、
「これ今のお金だ。受け取れ!」
「いや、いらない。止めろ!お前にはがっかりだ!」
という第2ラウンドが始まることもあります。
 
私も経験がありますが、私の場合は
「お前はシリアのお客さんだ。だから払っちゃいけない。」
と言われると、ありがとうと言って引き下がります。
 
この類の気遣いはシリアは半端じゃありませんね。
 
他にも、人の家に行くといらないと言ってもいつまでもお茶やお菓子を出したり、帰るといっても帰さなかったりとか。
 
中には建前もあります。
なので私はとりあえず断って、あまりしつこいようだったらお邪魔する、という方法で本音か建前かを判断しています。
よく“日本は建前ばかりで本音を話さない”と聞きますが、シリアだってそうです。
むしろ日本以上じゃないか、と思うこともあります。
 
アラブは“ホスピタリティー(心のこもったもてなし)の国”と言われているようです。
人の家に行くと、うざったいくらいもてなされます。
 
当初は
「なんて素晴らしい文化なんだ。日本とは大違いだ。」
などと思っていますが、シリアで生活して1年が過ぎたとき、それが疑問に思えてきました。
 
続きは次回へ。

ラマダン小ネタ。 June.6.2009

Posted by hirotoshi on 06.2009 Category: None   0 comments   0 trackback
私が今アラビア語の授業で使っているテキストはダマスカス大学で外人向けに実際に使われているもので、全てアラビア語ですが非常にわかりやすいです。
 
文法や単語はもちろんのこと、長文なんかもあります。
 
1ページすべてアラビア語の文章のページを見ると嫌気がさしますが、先生と一緒だと簡単に読めます。
長文の内容にはシリアやアラブの歴史、文化などが取り上げられており、アラビア語だけではなくシリア、アラブの文化や歴史の勉強にもなるので一石二鳥ですし、読んでいて面白いです。
 
今日の内容はラマダンについて、でした。
ラマダンの話だと、「ムハンマドが~」などの宗教の話になるのかな~と思っていました。
しかし、「ラマダンとは?」という固い話ではなく、「ラマダンにシリア人は何をするか?」などの生活に焦点をあてた内容でした。
面白かったので復習、ラマダンの紹介もこめ、少し抜粋してみたいと思います。
 
1. 『モスクの町』
ダマスカスはモスクがたくさんあるため、『マディーネ アル・マサージッド(モスクの町)』と呼ばれるそうです。
他の都市と比較したことがないので相対的に多いかどうかはわかりませんが、確かにモスクはたくさんあるな~と思います。
 
2. 『ムサッヘル』
朝起こしに来る人を『ムサッヘル』といいます。
ラマダン中はサラー アルフィジョル(1日の最初、夜明け前のお祈り)の前に御飯を食べるので朝早く起きなければいけません。
なので、この時期はムサッヘルが登場し、みんなを起こすため、朝早く太鼓を叩きながら町中を練り歩きます。
私も去年はこの太鼓の音で目が覚めました。
写真を撮ろうと思ったのですが、ハランのムサッヘルはバイクで町を巡るため、残念ながらタイミングが合わず撮り逃してしましました。
 
3. 『イフタール』
1日のラマダン明けの食事です。
普段よりも品数が多く、豪華です。
 
4. 『ヘルウィヤート ディマシュキーエ』
ダマスカスはお菓子でも有名らしく、ラマダン中は『ヘルウィヤート ディマシュキーエ(ダマスカスのお菓子)』をたくさん食べるそうです。
 
5. 『アーダート イジュティマイーエ』
『集いの習慣』とでも訳すのでしょうか、とりあえずラマダン中は親戚、友人等いろんな人の家に行きます。
そして、お茶を飲んだり、トランプやチェスなどのゲームをしたり、アルギーレを吸うなどしてゆっくり過ごします。
 
6. 『スークの賑わい』
豪華な夕食やお菓子を食べたり、人の家に行ったりするので、ラマダン中は通常よりもスークが賑わうそうです。
 
7. 『カシオン山からの大砲』
1日の断食の時間終了を知らせるために、カシオン山から大砲を鳴らすそうです。
去年はずっと村にいたため聞きませんでしたが、この大砲の音はダマスカスならばどこにいても聞こえるそうです。
 
8. 『アイード アルフトゥル』
ラマダン明けのお祭りです。
ラマダンが終わりに近づくと、各家庭ではアイード中にふるまうお菓子作りを始めます。
そして、ラマダン明けのアイード1日目、朝にモスクに礼拝に行き、お墓にお参りに行き、また親戚、友人にあいさつ回りに行くそうです。
 
以上が今日の授業で習ったシリア(ダマスカス)のラマダンです。
 
ご馳走食べて、お菓子食べて、夜は遅くまで遊んで。
宗教の話を抜きにすると、日本の大晦日や正月に似ていませんか?
 
ラマダン = 断食 = つらい
 
と考えがちですが、実際はそんなことはなく、雰囲気としては大晦日が1ヶ月続く感じです。
 
今年のラマダンはおそらく8月中旬から9月中旬。
 
暑く、断食の時間も長いという最も過酷なラマダンになるでしょう。
 
ちなみに私は去年断食に挑戦したので、今年はやりません。
ウマイヤドモスク 

当たり前のようで当たり前でないこと。 June.5.2009

Posted by hirotoshi on 05.2009 Category: None   0 comments   0 trackback
 先日タクシーに乗ったら
「タクシーは禁煙になったんだぜ。知ってるかい?」
と運転手に言われました。
「守る奴なんていないけどな。へっへっへ。」
と付け加えられましたが。
 
シリアの道路は無法地帯ですが、ここ一年、シリアの交通ルールが強化されて行っているように思います。
例えばシートベルト。
私がシリアに赴任した当初はシートベルトをしている人なんて誰もいませんでしたが、最近はみなシートベルトをしており、タクシーに乗ってもシートベルトをしろ、と言われます。
といってもダマスカスのみで、ダマスカスを一歩でるとシートベルトなんてはずしてしまいますが。
 
あと料金メーター。
前よりもメーターを動かさないタクシーが減りました。
前は乗る前に
「メーター動くか?」
といちいち確認して乗っていたのですが、今ではその必要もありません。
 
交通ルールだけではありませんが、道端にゴミを捨てない、信号無視はしない、待つときはきちんと並ぶ、などの日常生活におけるルールというかマナーというか、そういうものはシリアにはありません。
 
それは彼ら自身も自覚しているようで
「シリアにはニザーム(秩序、規則など)はないんだ。」
と言います。
 
なので彼らはイライラはするようですが、それを非常識と思うこともなく日々過ごしているわけです。
しかし、完璧ではないにしろ、一応ニザームがある日本で育った我々にしてみれば彼らのそういう行為に抵抗があるわけですが、ときによっては彼らのように振舞わざるを得ないときもあります。
例えばシリアで順番待ちなどありえないので、バスのチケットなどは強引に行かなければいつまでも買えません。
 
私なんかはきちんと並んで買った方が早いし、もめないし、車もまた同じで、きちんと車線内をはしれば無駄な渋滞も起こることがないと思うのですが。
 
こういうことって当たり前だと思っていたのですが、そうではないんですね。
シリアに来てわかりました。
それができている日本ってすごいと思います。
タクシー

国際交流 June.4.2009

Posted by hirotoshi on 04.2009 Category: None   0 comments   0 trackback
書こうと思って、すっかり書く機会を逃していたのですが、今年の1月からアラビア語を習い始めています。
アハマドという先生で、日中はダマスカス大学で外人相手にアラビア語を教えていて、午後は家で個人授業を行っています。
大学で教えているだけあって教え方はなかなか上手いのですが、授業中に携帯いじったり、あくびしたり、態度は最悪です。
何度かやめようかと思いました。
しかし、外人相手にアラビア語をうまく教えられる先生を見つけるのは結構難しいしんですよね。
また、今使っているテキスト、ダマスカス大学で実際に使われているものなのですが、非常にわかりやすいのです。
なので単純に、アハマドのアラビア語教授能力とテキスト素晴らしさというメリットから、アハマドの態度というデメリットを差し引いても、まだ十分にプラスなのでアハマドに習う価値はあるな、と判断し継続するに至っています。
 
ところで、アハマドは私の他にもベルギーやフランス、トルコなど多くの国の学生を持っています。
彼らと話す機会も良くあり、私にとってアラビア語学習の場であると同時に、国際交流の場となっています。
 
日本にいたころは国際交流なんてそれほど興味がなかったのですが、こちらに来てシリア人はもちろん、他の国の人と話すことの面白さを知りました。
 
相手の国のことを知れるだけではなく、日本に対する見方もやはり国によって違うし、自分のことを話すことで改めて日本のことがわかったりするし。
いろんな発見があります。
 
ダマスカスには外人が結構おり、学生の他にも仕事をしに来ている、という人もたくさんいます。
 
この前はロシア人と知り合う機会がありました。
仕事をしに来ているそうなのですが、アラビア語は全く話せず、英語もほとんどダメで、コミュニケーションには苦労しました。
 
全く言葉が通じない人とのコミュニケーションというのは私にとって初めての経験です。
どうやったら意思が伝わるかを考え、簡単な英語、身振り手振り、お互いが知っている日本語(スシ、フジなど)、ロシア語(ウォッカ、モスクワなど)などを使ってどうにか会話というか、意思疎通をしました。
 
疲れはしましたが結構面白く、いい勉強になりました。
 
またチャンスがあれば是非会いに行きたいと思っています。
ダマスカスローズ 

組織改編? June.3.2009

Posted by hirotoshi on 03.2009 Category: None   1 comments   0 trackback
看板シリアの農業試験場は農業農地改革省、日本でいう農林水産省に属する機関です。 
農業農地改革省もまた細かく枝分かれしており、いろいろな部門に分かれています。
正確ではないかもしれませんが、その中で農業試験場は研究を司るGCSAR(農業科学研究総局)と事務仕事を司るルーラル・ダマスカス農業センターの下にあります。

具体的にはGCSARは上部の(国の)機関でシリア全国の試験研究を統括し、試験場に対し試験内容の指示を出したり、その結果をまとめたりしています。
農業センターは下部(県の?)機関で各県にあります。
試験場はGCSARから与えられた指示を受け試験計画を練り、必要な機材、材料等は農業センターに申請するようです。

なぜこんなことを書くのか?

それは今組織改編の動きがあるからです。
といってもたいしたものでもないし、まだ噂にすぎないのですが。

なんでもルーラル・ダマスカスの農業センターがなくなるか、私の配属先ナシャビエに移ってくるらしいのです。

理由はよくわかりませんが同僚の話を聞くと、まずルーラル・ダマスカスの農業センターがすごく不便な所にある、というのが一つの理由らしいです。
私も一度行ったことがありますが確かに不便。
車を飛ばしてもナシャビエから1時間以上はかかります。
また場所もなかなか辺鄙なところにあり、ルーラル・ダマスカスの南西、クネイトラの近くです。
そう考えると、ナシャビエ灌漑試験場はほぼルーラル・ダマスカスの中心にあるので立地条件としては最適だと思います。
聞いた話では、昔ナシャビエにルーラル・ダマスカス農業センターがあったらしいのですがね。
なんで移動したんでしょう。

もう一つは農業センター不要論。
別になくてもいいんじゃない?という話です。

どちらも納得できる理由ですね。

これもまた噂ですが、なくなるのか移動してくるのかはわかりませんが、農業センターの方ではすでに移動の準備を始めているそうです。

書いてて思ったのですが、特別書くほど面白いネタでもないし、超内輪ネタですね。

インフルエンザ ハナズィール。 June.1.2009

Posted by hirotoshi on 01.2009 Category: None   0 comments   0 trackback
 インフルエンザ → インフルエンザ。
ハナズィール → 豚。
 
豚インフルエンザのことです。
 
シリアでも前から話題にはなっており、一時期お前も持ってるんじゃないかとからかわれました。
そして、いまさらですがシリア厚生省(?)よりナシャビエ試験場にその注意を喚起するお達しが届きました。
 
内容は
1.手洗い、うがいの徹底。
これは日本でも同じですね。
2.他人に1m以上近づかない。
嘘のようですが、本当に書いてあるそうです。
3.キスを控える。
これはアラブならではですね。
方法は国によっていろいろあるようですが、シリアでは同性間では挨拶をするとき頬にキスをします。
これを控えろ、ということらしいです。
 
シリアでも養豚を行っているところはわずかですがあり、その豚はすべて処分されてしまったらしいです。
 
シリアでは宗教に関わらずほとんどの人が豚を食べません。
イスラム教徒はもちろんハラーム(宗教的に禁止)です。
キリスト教徒に聞くと、おいしくないし、汚いから食べない、ということでした。
 
まあ、しかしこれでさらに豚の肩身が狭くなりましたね。
豚